―精神構造異常なし、悲感(ヒカン)軽量化、感情コントローラ良好。メンテナンス終了―

男は麻奈をつかんでいた手と、口を離した。麻奈は我に帰る。

「どうだった?・・・そっか。・・・じゃあ、ここで待ってる?・・・うん」

また始まった。男の独り言。

麻奈は落ち着いて、冷静に考えた。

「ねえ、あなた…誰?」

「…言っても信じるかどうか」

「頭の中で聞こえた、メンテナンスがどうのって声。…あなた?」

「それは僕じゃなくて、ここにいる人」

そう言って男は、自分の頭を指差した。

「頭の…中?さっきから、私じゃなくて私の感情とか、頭の中の人とか、一体なんなの?」

「ねえ、ツカサが話したほうが速いんじゃない?・・・でも、この子はまだ必要でしょ?・・・」

そう言うと、男はゆっくりと目を閉じた。そして再び目を開けたとき、男の顔つきは変わっていた。

今まで無表情だった男が、にっこりと笑う。

「こんにちわ」

声も、さっきと微妙に違う。

そしてそれは、頭の中に聞こえた声と同じだった。

「えっ…えっと、それで…あなたは?」

「俺はツカサ。んで、さっきまでお前としゃべってたのが伸(シン)」

「・・・?」

「まあ、この体も伸のなんだけどな。俺自体は心だけ」

「…心?」

「そぉ、心。いわゆる、感情とそのコントローラのことだ」

「コント…ローラ?なんかよくわからないけど、心と体が別人ってこと?」

「いや、心が2つあるってこと。伸という1人の人間に、心がもう1つ取り込まれてるわけ」

「どぉやって?」

「ま、その辺は企業秘密ってことで」

ツカサがにやりと笑う。

「じゃあ、なんでそんなことしたの?」

「最近、いじめとか殺人が増えてんのは知ってんだろ?お前も今経験してるわけだし」

「・・・うん」

「しかも犯行理由の無いもの、弱いものが増えた。では、何故理由もなく犯行を犯すのか」

「さあ…」

「原因は"心"にあったんだ」

「情緒不安定…とか?」

「まぁ、それも入らなくはないな。一言で言うとだな、心に欠陥があるんだ」

「欠陥…」

「まぁ心の欠陥なんてのは誰にでもあるものなんだ。でも、車で言うワイパーが動かねぇとか、

 背もたれが倒れねぇとか…運転自体には直接関係しないものが多かった。それが最近じゃあ

 ハンドルが回んねぇとか、ブレーキが利かねぇとか、直接運転に支障がでるもんばっか…。
 
 そこで、俺がそいつの脳内に入って…」

「直すわけ?」

「そっ。心の故障の原因をつきとめ治す。メンテナンスってやつだな」

「メンテナンス・・・。あれ?ちょっと待って、じゃあ私の心がおかしかったってこと!?」

「そうじゃない、ただの点検だよ。お前の頭ん中でも言ったろ?精神構造異常なしって。

 まぁ悲感メモリー、つまり"悲しみの記憶"は軽くしといてやったけどな」

「あ、ありがと…」

「ま、仕事だからな」

麻奈はまだ納得できないところもあったが、この状況を理解するので精一杯だった。



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