「おら、これ着ろよ」

車の中で、助手席のロスはトランクから出したグレーのスーツを後部座席のラークに投げる。

 ラークは車の中でも落ち着くということがなく、外に興味のあるモノを見つけると

走っていることも忘れて外に飛び出そうとしたり、車内でいきなり実験したいと言い出したりするため、

車は特注で、外からしかドアは開けられないようになっており、後部座席は折りたたみテーブル&棚つき、

身長160センチに満たないラークなら立てる広いつくりになっている。だから、着替えも可能だった。

「あれぇ?メガネの色前と違うね」

ラークはその年齢故に学者に見えないため、少しでもそれっぽく見えるよう

ロスが伊達メガネをつけさせている。

「もっと大人っぽく見えるようにシャープなデザインのにしてみた」

ロス自身おしゃれが好きというわけではないが、流行なんかもよくわかっていて、センスもよかった。

「今夜の相手は・・・訳ありなんだろ?」

「・・・うん」

ラークは着替え終わると、メガネをかけて息をついた。

「・・・あと、どれくらいで着く?」

ラークの言葉を受けて、ロスが隣の運転手に尋ねる。

「15分ぐらいだ」

「ふうん・・・ねえ、ロス」

「実験はだめだぞ」

「・・・・・・・・・。」

ラークはまた息をついた。




「着いたぞ」

ラークとロスの乗る車が止まったのは、高級和食料理店。

店員に案内され、奥の個室へ…。そこには、ラッセル・ハワードの姿があった。

「どうも遅くなりまして。ちょっと実験が長引いちゃって」

ラークの口調に、敬語という以外なにも変わりはなかった。

「いやいや、研究熱心なのは実に良いことだよ。知識は私たちにとって金づるみたいなものだからね」

「…そんなものですかね」

ラークは笑顔を絶やさなかった。しかし、内心はどうだっただろうか。

「失礼します」

店員が料理を運んできた。

「おぉ、来たか。この店は私のお気に入りでしてね、よく来るんですよ。和食はヘルシーでおいしい。

 いや、料理だけじゃない。文化も、建築物も、ニッポンそのものが素晴らしい。もちろん、ニッポン人も」

「・・・・・・よく働くから、ですか?」

ラークが緑茶を一口含んでから、返す。

「君もよくわかっているではないか。わずか13歳にして12もの博士号を持つ天才博士、

ラーク・ハルト・サンフェース君。・・・噂によると、そのうち2,3は名声だけで取得したとか?

うらやましいことですなぁ」

 ラークが言葉を返そうとしたとき、

「それは彼をねたむ者達が流した噂です。本当のことではありません・・・まさか教授も、そういう人種では?」

 襖があいて、ロスヴィーニュが顔を出す。彼は書類を手にもっていた。ラークが持ってきてと

頼んでいたものだ。

「いやいや、私は人を妬むほど研究に詰まってはいないし、金に困ることもない。…これからは特にね」

ラッセルの顔は、自慢げだった。

「最近本を出されたとか。・・・拝見させていただきましたよ」

「いやはやお恥ずかしい。何人もの研究者の考えを覆したと騒がれてはいますが、ちょっと考えれば

 すぐにわかること。研究とも言いがたい・・・ただの計算ですよ」

ラークの眉がピクリと動く。

「しかし、それ故に計算式ばかりの論文になってしまった。どうです?読みにくくはなかったですか?」

「いいえ。それ以上に興味深い内容でしたので、窮屈にはならなかったですよ」

ラークはここで、初めてふわりとした笑みを見せる。ロスがそれを横目で見て、もうそろそろ本題に入ると確信した。

「ただ・・・」

「ただ、何かね?」

「教授、東雲夜月をご存じですか?」

「しののめ、やづき?・・・あぁ、たしか君の学部の生徒だったか?あの青年は印象的だよ。会ったことはないがね。

 私が君の大学で特別講師として授業をしたとき、席が補充されるほど受講者がいたのに何故か1番前の席が1つ

 空いていた。隣の生徒に尋ねるとミスター東雲だといっていた。しかも聞くところによると、前の授業には

 出ていたとか。十数人しか参加しないようなどうでもいい授業にはね…」

「価値観は人によって違うものです。人数などは関係ありません」

「なるほどね・・・。それで、彼が何か?」

「彼が去年の学年末にだしたレポートの内容がですね、どうもひっかかるんですよ」

「レポート・・・」

 ラッセルは顎をかいた。ロスヴィーニュが書類の一部をラークに手渡す。

「これがそうです」

「・・・どれ。・・・・・・おお、これは・・・!ひどいものですなぁ、私のを写しただけではないですか。

やっぱりあの青年はどうかしているのでは?」

「そうでしょうか…」

ラークの声が少し低く、鋭くなった。

「では・・・」

ラークはラッセルからレポートを受け取り、何ページかめくった。

「ここを見て下さい」

「・・・?とくに変わったところはないと見えるが・・・」

「それは、本当ですか?教授」

「何が言いたいのかね、サンフェース君」

 ラッセルはだんだんいらいらとしてきている。ここでロスヴィーニュはにやりと笑っていった。

「ぼろを出しましたね、教授?」

そして、ラークはラッセルにはっきりと言い放った。

「そこは、教授の本の表記と微妙に、しかし大きく違うんですよ」




 その授業には、200人ほど参加していた。大教室でも、いっぱいになる人数なのに、

映像中心の授業をするためにテレビ付きの中教室を利用したため、ごったがえしの状態だった。

これは、UCUKで名をとどろかせるサンフェース博士の授業であることと、

その授業の題材が、その当時周期が明らかになっていなかった火山であったことが原因になっている。

 その中に紛れ、普段人の多い授業にはあまり顔を出さない青年がいた。

「夜月君?わあ、珍しいね、僕の講義に出てくれるなんてっ」

 ぎゅうぎゅう詰めの席の横で、壁を背に立つ青年に白衣をまとう金髪の少年・・・ラークが嬉々として

話しかける。手には大量の紙があった。紙は15枚位毎にホチキス止めしてある。

「・・・ああ、どーも」

それまでぼんやりと窓の外を見ていた青年、東雲夜月は自分より一回り

小さい先生にごく軽く頭を下げる。

「夜月君もこの火山には興味あるの?・・・あ、はい、資料」

ラークは夜月にその薄めの紙束のうち一部を手渡した。

「・・・こういうのはデリーの仕事じゃないんスか」

「ん?ああ、彼女にはビデオプロジェクターの準備をしてもらってるんだよ。それに、僕暇だし」

ラークはそういって、天才学者と名をとどろかせる人とは思えない純粋な笑みを見せる。

「・・・もう入ってくる人はいないかな?」

 ラークの言葉を、ビデオプロジェクターの準備ができラークから余った資料を

受け取ったディリーがかえす。

「というより、もうこれ以上はいりませんよ。そろそろ始めましょう。人が入るだけで

始業からすでに5分オーバーしてます」

ラークはディリーに頷き、前に置かれた教壇に向かいながら話し始めた。

「うん。・・・えーと、学生の皆さん、今日は講義に参加してくれてありがとう。

知っての通り、今日はかわった火山についての話です。この講義が終わったら、各自僕に

簡単でもいいからレポートを提出してください。内容は、いつものように、全く問いません。

この前は微生物の講義だったのにウニのおいしい調理法をレポートにしてくれた人がいました。

僕はそれもいいって思うんですよ。

・・・でも上に学生のレポートの出来を報告すると、なぜかいつも怒られちゃうんですよね」

 教室内に笑いがもれ、和やかな雰囲気になった。

「じゃ、本題に入りましょう。これが実際の火山の映像です。この山は不定期な噴火を続けており、

そのせいで研究も全然進まないんですよ。・・・皆さん、ちょっと復習しましょうか。

火山にはマグマだまりというものがあります。マントルに発生したマグマが、噴火口から

数キロメートルの深さにあるマグマだまりに蓄積し、それがいっぱいになると噴火する。

これは例外がない限り、ほとんど全ての火山で共通しています。マグマだまりの大きさが変化しない限り、

マグマだまりがいっぱいになるまでの時間は決まっています。その時間を計算で求めれば、

火山の周期も分かってしまうわけです。ところが、この火山はその例外なんですよね。計算と

実際の噴火までの時間があわないんですよ。おかげで噴火する度に付近住民に甚大な被害を

及ぼしています。・・・」

 天然なラークの始終和やかな講義にもかかわらず、夜月だけは、やけに真剣な表情で

映し出された映像を眺めていた。そんな彼を、ラークも微笑みながら時々見ていたのだった。